夜更けの西の森での出来事だ。
ウィニーさんの酒場は休業日で僕は一日のトレーニングを終えて自室で休憩していた。最近結構筋肉がついてきた気がする。背も伸びたし子供臭さが抜けてきたとでもいうのか、ウィニーさんはちょっと残念そうな顔をしていたが僕としては大変喜ばしいことである。
ぐっぐと二の腕に力を籠めると力瘤がぽこっと盛り上がり僕は顔を綻ばせた。

「筋肉を見てうっとりしちゃう変態さんに育てた覚えはないんだが…」
「男は自分の武器を女性を愛するように慈しむってことですよ」

いつの間にか現れていたウィニーさん。
しかし僕は西の森で生活しているうちにウィニーさんが神出鬼没なのはもう慣れっこだったので特に驚かずに会話を続ける。というか自慰の現場にまでぽっと現れる輩に今更何を恥じるというのか。

「かわいい反応がない…どうやらただのクーデレのようだ」
「聞くところによるとあなたは昔好きな男にツンデレだったようだが?」
「…む、甘い初恋の話はとてもやめていただきたい。顔が燃えて死ぬ」

この人が昔に愛していた男というのはホーソン連隊長の祖父にあたるらしい。ということはホーソン連隊長はウィニーさんの孫にあたるわけなのだがそのことをウィニーさんに聞いても上手くはぐらかされてしまう。
というかよく愛した男のことを忘れられないでいるのに、僕や他の少年と性交するわけだから貞操観念以外は純ってことで僕は納得している。

「ちょっと夜酒につきあわないかレベットきゅん」

ウィニーさんは持参した泡盛をグラスに注ぐと僕の方へ差し出した。
僕が受け取ると自分のグラスにもなみなみ注いでいく。
なんだろう…今日のウィニーさんは何か違う。
そうだ、いつも感じていた妖艶な雰囲気がないんだ。むしろ、どこか少女臭く眼がぱっちりしていて人を斜に見ているような目線ではなく…
しっかり僕を見ている?少年というカテゴリではなく僕という人間を見ているのか?

僕は手に持ったグラスを口元に運びくいっと啜ってみる。つんっときた。
「いける口かな?」
「初めて飲みました。不思議な味です」
しばらく僕とウィニーさんは談笑しながらちびちびとお酒を飲む。
僕はウィニーさんに向けて抱いていた疑念をぶつけてみる。
「今日はいつもと少し様子が違いますね」
「……うん」
ウィニーさんは少し逡巡してからその話題を切り出した。

「たぶん…ペース的に明日帰ってくるの」
「誰が?」
「私の弟子」
「弟子…?ウィニーさん弟子いたんだ…」

ウィニーさんの話によると、この前レジェディアという国でホーソン連隊長の頭越しで再会したのだという。
その弟子は昔ウィニーさんとの間でトラブルがあり、袂を判っていてここ何十年かは会っておらず消息も不明だったらしい。
邪法に手を染めていたので軽く折檻し、わだかまりや誤解が解けたので一度帰ってくることになったとウィニーさんはすらすら語ってくれた。

「それで…その、そわそわしているのだよ」
「なるほど、どんと構えてればいいんじゃないですか? 我が弟子よ、よくぞ帰ってきた みたいな」
「何そのどちらかというと武術の師匠みたいなの」
「師匠なら堂々としたほうがいいってことですよ」
「君な…私に威厳というものがあると思っている?」
「あ…ごめんなさい」
「謝らないでほしい。自覚するから謝らないでほしい」

グラスが空いたのでウィニーさんは酒をどくどく注いでいく。
「駄目だ…どうしたらいいんだ。エロ本を処分したほうがいいだろうか」
「妙齢のご婦人の口から出た台詞とは思えないな」
ウィニーさんはクスっと笑うと窓に映る夜空を横目にとつとつ話す。
「私は師匠として出来たことなんてほとんどない。ただ引き取って育てた。それくらいのことしかしてない。あの子は勝手に本を読んだだけで魔法を覚えた。親譲りの紛れもない天才。しっかりした教育を受けたらもしかして親を凌ぐ魔法使いになる可能性もある」
「どうして魔法を教えてあげなかったんです?」
「怖かったからだよ…私の師匠はあるでかい組織…本当に途方も無く強い組織と戦いその組織を半壊させて死んだ。あの子はその師匠の娘…カーボスも強くなれば同じ運命を辿ってしまう気がして…」
ウィニーさんの師匠…どうやらその弟子の人はウィニーさんの師匠の子供に当たるようだ。
「国とでも争ったんですか?」
「もっと大きなものよ、この星なんてその気になればいつでも塵に帰せる」
「星?大陸の名前ですか?」
僕には理解できなそうな話だとウィニーさんはわかっているのか打ち切る。
「…話を進める。あの子の親を殺したのは他でもない私なの」
そう言われた僕の眼は見開いていただろうか。
目の前にいる人は紛れも無く魔女なのだと改めて自覚する。
どうして僕に話してくれるのかわからないがウィニーさんの表情は真剣だ。少し怯みながらも僕はこの話をもっと聞いてみたいと思った。正直、立ち入っていい話なのかと眉根を寄せたが僕にそれを話してくれているというのが嬉しくもあったのだ。
「…事情を聞いても?」
「私はその組織に友達が多かった。それだけよ」
すごい人なんだな。僕だったら友の為に自分の師匠と戦えるだろうか。
騎士だったら…うーん、その時にならないとわからないことではあるな。
だけどそんな状況には絶対になりたくはない。断じて。
ウィニーさんもそのことを心配しているのだろうか。
「その…カーボスさんという人に平穏な道に進ませてあげる自信がない?」
「そう、私は師匠に何が起こっているのか知っていたのに止められなかったし戦うことを選んでしまった。だからあの子を親を殺した私にあの子を育てる資格あるのかと…だから私の元から飛び出した時も追いかける気にはならなかった」
「しかし、身寄りはあなたしかいないんでしょう?」
僕はウィニーさんの煮え切らない態度に少しイラつきを覚える。
はっきり言ってそれは贅沢といえないだろうか。
だって僕は国ごと全てが吹き飛んでしまったわけで知り合いも何も皆いなくなってしまったのだ。不幸自慢で勝ちたいわけではない。
僕はこの人には弱音を見せずにいつも飄々としていてほしいのかもしれない。
その態度に僕が励まされてきたっていうのは間違いないからだ。

「…例えば」
「例えば?」
「そのカーボスさんがショタならどうします?」
「……へ?ショタ?」

僕が何を言っているかって?簡単なすり替えをしてみようと思う。

「ウィニーさんならショタが弟子だって知ったなら是非もなく食い散らかすはずです」
「私を何だと思っているのか…いや、でもカーボスのショタか…じゅる」
食いついてきた…予想外に簡単に食いついてきた…
「あなたはきっとそのショタの親を殺していようがそのショタの身寄りがあなたしかいないなら育てようとするだろう。何故ならそれだけショタが大好きだから」
「いや、そんなことは……ん、んん?」
「嫌われようが強引に、一方的に自分の愛情だけ伝えて」
「……」
「そして最後には愛情で無理やり懐柔させてしまうんですよ。あなたはそういう人だ。」
「私にはカーボスに対する愛が足りないと?」
「ええ、カーボスさんはショタではありませんから」

僕は言う事を言って黙ると沈黙が部屋に訪れた。互いにもう酒を口に運ぶこともしない。
ウィニーさんは僕の眼をきょとんとした顔で見つめ、その後吹き出すように小さく笑った。そして言う。
「デレてしまいそうよ少年。危うく浮気してしまうところだ」
ウィニーさんはどうやら僕の言葉を反芻して楽しんでいるようだ。
意識の切り替え、ホーソン連隊長が重い空気の時こそ軽く受け止め強く相手に返してやれといっていた。その通りやってみただけなのだがウィニーさんに効果はあったようだ。
「ふふ…そうね。私はあの子をどこかで怖がっていたかもしれない。もう少し自分と向き合ってみるわ」
「ええ…それがいいですよ」


「だから今日はあなたを犯して英気を養うわ」

「……………え?」



あの…文脈が…おかし…え、いや…
待って…服を脱いで何を…やめ、!
あ…お酒が回ってふらふらする…
逃げられな…おかさ…っ!!

あ、あ…ああああああああああああああああああああああ!!!!

夜に少年の嬌声が響き渡った。
営みは朝まで続き、帰ってきたカーボスがそれを覗いてしまってトラウマを増やしてしまうのだった。

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